短編/一枚

  


「ねぇママ!お空の丸くて白いの、なぁに?雲?」

 幼い少年が母親を見上げる。

「どれ?あぁ…あれはね、お月様」

 答える母親の瞳は限りなく優しい。

「うっそだぁ。お月さまは夜に‘こんばんは’だし、それにもっと黄色いもん」

「そうね。夜のお月様は黄色ね。でもね、お昼間に‘こんにちは’のお月様もいるのよ」

 ふたりは立ち止まって真昼の空を眺めた。
 雲が月を掠め、行き過ぎる。

「なぁぜ?なぜ、夜じゃないの?」

 母親は微笑んで、息子の頭を撫でる。
 温かい手。
 擽ったそうに身を捩らせて、少年は答を待った。

「それはね。お日様に逢う為なの」

「お日さまに?」

「お日様はお昼間に住んでいて、お月様は夜に住んでいるから、なかなか逢うことができないでしょう?」

「うん」

「でもふたりはお互いにとっても惹かれあっているから、逢えないとすごく寂しいの」

 そして、母親は息子に視線を落とす。

「カイは、パパがいなくて寂しい?」

「…寂しくないよ!ママと一緒だもん!」

 必死に主張するその小さな身体からは、子どもらしい不安が見え隠れする。

「そうよね、寂しいよね…」

「寂しくなんかないってば!」

「ね、抱っこしてあげよっか?」

「うぅん。歩く」

「そぉ?それなら…ハイッ」

 差し出された手を、少年は素直に受け取った。
 再び歩き出す親子。

「お月様はねぇ…お日様に逢えなくて寂しいから、早起きしてお日様に逢いに来るのよ」

「ん」

「お昼間のお月様はね。夜のように綺麗には輝けないのに、それでもお日様の傍に居たいの」

「ふーん」

 握った手に、どちらからともなく力がこめられる。

「ねぇ、カァイっ♪イギリス、行こっかぁ?」

「ぅえっ??」

「パパに逢いにさぁ。行こうよ、イギリス!」

「でもママ、お仕事は…?」

「ママお仕事大好きだったけどね、パパいないとこで頑張るの、寂しくなっちゃったァ」

 母親はにこっ、と息子を安心させる笑顔を見せた。

「…」

「そんな顔しないでよォ!カイもママも、パパが大好きってことでしょ!!」

「ぅ…うん!」

 弾む心と共に、少年は駆け出した。

「カイっ!待って〜!」

 慌てて後を追う母親。
 少年は少し先でぴたりと立ち止まると振り返り、メガホンの要領で口に両手を当てる。

「ママ!僕ね、白いお月さまも、きれいだと思うよぉ〜ッ!」

 お月様は、夜に輝く小さなお日様を見つけた気がして…
 静かに涙を零した。





A Mad Tea-Party

Come Here Alice, the Lost Child!

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