短編/一枚




   カタカタ…

   ………

   ピ――…

   ………

   カタカタ…

   ………

   カタカタ…

   ………

   ピ――…



        +   +   +



 質素な部屋の揺り椅子にひとり、初老の男が腰掛けていた。彼は何をするでもなく、ただ宙に視線を浮かしている。
 見てもいないテレビでは、代わり映えのしないニュースが流れていた。

 『――繰り返します。人類史上最悪の魔物が世界に解き放たれました。某先進国の研究所にて、核兵器が誤爆。被害は問題の国に留まらず、放射線はおよそ六時間後に○○諸国、半日後には我が国にも及び――』

 男は目を閉じた。
 一瞬の間を置いて立ち上がり、静かに部屋を横切る。窓を開けると、世界の風が吹き込んだ。

 『――人類の終焉です……ッいやぁぁ――ッ!核兵器なんか、誰が作ったのよぉ――』

 ニュースキャスターが報道の途中にも関わらず、半狂乱に陥って叫びだした。
 老人は特に感慨も無くスイッチを押し、テレビを消した。こんな結果は、人類が科学的に著しい進歩を見せ始めた頃から予測できたことだ。
 だが結局彼らは自滅…いや、全世界を巻き込んだ心中を選んでしまった。
 はっきり言おう、人間は賢い。
 そして、どうしようもなく愚かだ。
 テレビが消え、静けさを取り戻した部屋で、老人は暫し所在無さ気に佇んだ。
 その後はそれすら予定の内だったと言うように、迷い無く歩いて机に向かう。彼は引き出しから紙と万年筆――幾ら科学技術が発達しようと、変わらなかった物だ――を取り出した。
 最後の審判は既に秒読みに入り、地球上の生物は死滅する。



        +   +   +



   カタカタ…

   ………

   ピ――…

   ………

   カタカタ…

   ………


 荒廃した台地に、乾いた風が吹きすさぶ。
 植物も動物も、一切の生物が此処には存在しない。刻々と居場所を変えるのは、旋風に押し流される砂塵だけ。
 …否。
 未だ動き続けているものがあった。


   カタカタ…

   ………

   ピ――…


 それは無尽蔵に紙を吐き出し続ける。
 印刷機だ。


   ………

   カタカタ…

   ………


 枚数設定は∞。
 止める人間のいない今となっては、何億枚と蓄えられた用紙が尽きるまで、休みはしない。

 ―――地球を故郷とした者たちへ。

 最後のメッセージを伝える。
 文面は…



   ‘I love you’



 賢くも愚かしくも、君たち全てが愛しかった。


 荒れ果てた大地の風が、白い紙を攫ってゆく。
 最後の心は、今となって漸く…全世界に散らばった。







A Mad Tea-Party

Come Here Alice, the Lost Child!

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