短編/一枚






 サバンナに、二頭のライオンが居りました。

 大きい方の名前をクラウンと言いましたが、小さい方の名前もクラウンと言いました。

 二頭のクラウンは親友でした。

 二頭はずっと助け合い、励まし合って生きてきました。


     + + + + +


 ところがある時、狩りから何の収穫も無く戻ってきた小さいクラウンが言いました。

「大きいクラウン、聞いてくれ。世は和平の時代。俺たちライオンは肉を食べるのを止め、草食に転じるべきなんだ」

 小さいクラウンは狩りの途中で足を挫き、ガゼルに助けられたのでした。

「それは無理だ」

 大きいクラウンは唸ります。

「僕らライオンは、肉を糧にするよう創られている」

 そこで二頭は話し合いました。

 満月が欠けて、また満月となるまで話し合いましたが、二頭の意見は変わりませんでした。

「俺はもう二度と肉を口にしない」

 小さいクラウンは、もう一ヶ月もガゼルを食べていませんでした。

「君が何と言おうとも、肉を口にしないわけにはいかない」

 大きいクラウンは、草を食べたりはしませんでした。

 仕方無く、二頭は別れを決意しました。

 同時に背中を向けて逆方向に歩き出し、けっして涙は見せませんでした。


     + + + + +


 小さいクラウンと別れてから、大きいクラウンは獲物と、そして孤独と戦っていました。

 大きいクラウンと別れてから、小さいクラウンは和平の教えを動物たちの間に広め、少しずつ仲間を増やしていきました。


     + + + + +


 月日は過ぎました。

「百獣は皆、仲良くするべきだ」

 小さいクラウンの説く考え方がサバンナの主流となり、肉を食べない肉食獣が増えました。

 中には変わらず肉食を貫くライオンやハイエナも居ましたが、そうした動物は皆から乱暴者だと蔑まれました。

 大きいクラウンもその内のひとりでした。

 動物たちの輪からは離れて暮らし、ガゼルやヌーを食べ続けました。

 同族からですら白い目で見られ、大きいクラウンの居場所は何処にもありませんでした。


     + + + + +


 そんなある夕暮れ、二頭のクラウンは再び出会いました。

 偶然だろうと言う人も居ますし、運命だったのだと言う人も居ます。

 ともかく二頭は出会い、そして、知ったのです。

 共に過ごした楽しい日々は、二度と戻っては来ないということを。

「皆が君を、荒くれ者の酷い奴だと罵っていることを知っているか」

 小さいクラウンが最初に口を開きました。

「あぁ」

 大きいクラウンの返事は言葉少なです。

「ならば何故、肉食を止めようとしない?」

 小さいクラウンは威嚇しました。

 彼には既に守るべき仲間が居て、その仲間を狩り続けるかつての親友は、もはや敵でしか無かったのです。

「これが僕だからだ」

 大きいクラウンは、しっかりとした声で言いました。

 彼にも引くことはできませんでした。

 彼が、どうしようも無く彼だったからです。

 決別した心とは裏腹に、二頭はじりじりと間合いを詰めていきました。

 黄金のたてがみが、乾いた風に靡きます。

「悪く思うな。大きいクラウン」

 小さいクラウンが吼えました。

「小さいクラウン。誇りに懸けて」

 大きいクラウンも吼えました。

 二頭は同時に大地を蹴って、力の限りぶつかり合いました。

 重い振動が草木を震わせ、砂埃が舞いました。

 小さいクラウンの鋭い爪が、大きいクラウンの胸を切り裂き、大きいクラウンの尖った牙が、小さいクラウンの背中に突き刺さりました。

 二頭の戦いを見守っているのは、燃え盛る落日だけでした。


     + + + + +


 しかし何事であれ、やがて勝敗は決します。

 遂に、大きいクラウンの巨体が、地響きを立ててサバンナに沈みました。

 小さいクラウンの勝利でした。

 長かった闘いの勝ち鬨を上げた時、小さいクラウンは漸く悟ったのです。

 大きいクラウンは荒くれ者などでは無かった。ただ、誰よりもライオンであっただけなのだ、と。

 彼の気性が自分よりもよっぽど優しかったことを、小さいクラウンは知っていた筈でした。

 それなのに、気付こうとしなかった自分が悔しくて、情けなくて、小さいクラウンはぽろぽろと涙を零しました。

 けれど、もう後には引き返せません。

 小さいクラウンには、自分を慕ってくれる動物達を見捨てて、ライオンに戻ることはできませんでした。


     + + + + +


 仲間の元へ帰ろうと踵を返した寸前、小さいクラウンの瞳に映った親友の口元は、満足気に微笑んでいました。

 大きいクラウンは、いつでもライオンでした。

 大きいクラウンは、いつまでもライオンだったのです。

 サバンナの夕陽は大きいクラウンの豊かなたてがみを一瞬だけ炎の色に染め上げて、そして地平線の裏側へと沈んでいきました。





     +後記+

   ねぇ、おかあさん。

   おにくをたべるライオンやオオカミはわるものなの?

   ねぇ、わたしもわるもの?                                         とかって、ね。




A Mad Tea-Party

Come Here Alice, the Lost Child!

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