短編/一枚

  


―――ねぇ、豊はどうして豊って名前なの?

 ちいほは今年で六歳になる。

―――ねぇ、豊はどうしていつも笑っているの?

 ちいほはよく質問をする。
 頭のいい子だ。
 ちいほは問いで人を量る。

―――ねぇ、豊は幸せなんかじゃないよね?ご飯だって見つからないことが多いし、ちいほとわけっこして食べるんだもん。

 ちいほには父親も母親もいない。
 だけど、ちいほは哀しい顔をしない。

―――ねぇ、豊はどうして豊っていうの?何にも足りていないのに。こんな名前、嘘っぱちだよね。

 ちいほはよく同じ質問をする。
 本当によく、飽きもせずに繰り返す。

―――ねぇ、豊はちいほのこと、嫌いだよね?

 それと…ちいほは決して笑わない。





 いつからか、ちいほは僕が拾ってきた薬の包み紙で鶴を折るようになった。

―――あのね、ちいほの鶴はね、空に帰って本当の自分を見つけるの。どれだけたくさん作ったら、一緒に連れて行ってくれるかなぁ…。





 ちいほもこの世界も、少なくとも僕の目の前では相変わらずで。
 ただ、折鶴だけが少しずつ増えていった。

―――ちいほは幸せかなぁ?

 僕は、一年と二ヶ月の間僕たちふたりの住処だった小さな廃工場を後にした。
 僕は、ちいほを独り残して北へ走った。















―――ねぇ、豊。夕焼けじゃないのにお空が赤くなるのはどうしてなの?








 帰ってきた時、ちいほはもう何処にもいなかった。
 硝煙の匂いが焦げ臭く風に乗って流れてゆく。
 警報がまた、鳴り出した。
 僕はふと、ちいほの泣き声みたいだと思う。
 絶対に涙を見せなかったちいほの、泣き声みたいだ……。




―――ちいほは幸せかなぁ?





 ちいほはいなくなってしまったけれど、ちいほのことなら何だってわかる。
 ちいほは還ったのだ。
 ちいほは千五百羽の折鶴に変わり、真っ赤な空へと舞い上がった。
 僕は、いつの日か、ちいほが焼け焦げた紙切れとなって、此処に落ちてくるのを待っている。








A Mad Tea-Party

Come Here Alice, the Lost Child!

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